永福町のマンションの一室で

デザインのお仕事がしたい。そう思ってパソコンの専門学校を卒業した僕は、エディトリアルデザインを行う小さなデザイン会社に入社しました。エディトリアルデザインとは、雑誌や書籍のデザイン・編集を行うデザインのことで、本の表紙や中身のページをデザインしたり、本の一部分・一コーナーのお仕事が多かったですが、中にはまるまる一冊デザインするものもありました。まるまる一冊デザインしたとき、本の構成・編集なんかを手掛けたときは、本の後ろの方に自分の名前がクレジットされます。あれはとてもうれしいものでした。

永福町のマンションの一室を事務所にしたオフィスの中には、たくさんの雑誌や書籍が置いてありました。デザインのお仕事がしたい、と言いながらも、本を読んだことがほとんどなかった僕にとって、その環境はとても新鮮でした。音楽やサブカルには興味があったので、その辺の人たちが登場する雑誌「swicth」を中心に、夢中になって読みました。「とにかく好きな本、特集を見つけて、そのページのデザインがどうなっているか、よく観察しな」先輩のデザイナーにいただいた助言は、今も僕のお仕事においての金言として残っています。何かをアウトプットするには、強烈なインプット・憧れがないとできない。そうすると、最初は真似ごとから入るのが、お仕事においての基本の「き」なのだと、そのとき知りました。これはとてもうれしい発見でした。

先輩デザイナーのデスクのまわりには、たくさんの本がおいてありました。助言されたように、先輩デザイナーが格好いいと思うもの、日本のものもありますが、とくに洋書がたくさんありました。海外の本は面白い。とくに写真集のつくりとかは、本を読んだことがない僕にとっても、わかりやすいくらい印象に残るものでした。「こんな本、どうやって手に入れるんですか?」と訊ねると、「好きな本を見つけたら、その本を作った人のことを調べる。そうしたら、その人が影響を受けた本に辿り着く。さらにその本を作った人を追いかけて、本屋さんに通い詰める」と返ってきました。この言葉をうけて僕も真似してみようと思いましたが、これがなかなか大変な作業です。当時はインターネットもまだそんなに普及していない頃でしたので、これらの情報に触れることができる人たちは、ごく一部の人たちだけでした。

本をつくるためには、編集者さんというポジションの人がいます。その方からお仕事の依頼がきて、一緒にあーだこーだしながらデザインを進めていきます。彼女たちは編集のプロですが、デザインのことはあまりよくわかりません。ごく一部の人にしか持つことができていないデザインの情報については、デザイナーとして胸をはってお話しができました。「デザインはこうしたいので、文字量はこれくらいで」「ここは文字を主張させたいので、ひかえめなデザインで」そんなやりとりが交わされて本ができあがっていきます。この共働作業が苦しくて楽しくて。デザイナーの他に、文章を書くライターさん、写真を提供してくれるカメラマンさんがいましたから、編集者さんはこれらの人たちのスケジュールを調整したりしなくてはいけないので、デザイナーのところにネタが揃うタイミングは、終電間際の遅い時間がほとんどでした。忙しい時期になると、倒れたフリをする先輩デザイナーもいました。(笑)けど、それも含めて、大変だけど楽しかった、今振り返ると、そう思えました。

永福町のマンションの一室でデザインが作られていて、そこにわざわざ編集者さんが訪れる。一部の人しかデザインについて触れることができない、触れにくい。インターネットが普及する前のデザインは閉ざされたイメージのものでした。

今日も来てくれてありがとうございます。永福町の大勝軒、今も通勤時に毎日通っていますが、たまに無性に食べたくなることがあります。メチャメチャ量があるので、食べ終わったあとに後悔するんですけど。。

16/09/06