むらさき

僕は小学生の間、オカンのお友達の高校の美術の先生に、絵を習っていました。一応小さな塾のような形式だったので、僕の他には美大を目指す高校生のお兄ちゃんや、僕よりも年上の人たちが何人かいました。そこでは、デッサンと油絵をやったのですが、絵の基礎的なところから、構図、色の構成など、今思い返せばとてもディープなところまでやっていたように思います。なので、小学生だった僕は、お兄ちゃんたちに囲まれていること自体に緊張感を感じたし、理解するのに難しいコトをやっていたと思うので、つまる・つまらない以前に「よくわからない」習い事をさせてもらっていました。けれど、そのよくわからない中に身を置いた中で、僕の絵の基礎は身についたし、今になっても忘れない金言がいくつかあります。一番は色の選び方で、「むらさきを使う」ということでした。「むらさき」って非日常的な色に思えるけれど、むらさき色を使うことで絵が引き締まって、何よりリアルになるんです。光の三原色、青・赤で構成されているからでしょうか。その理由については、教えられたのかもしれないけれど、覚えていません。あと、「黒を絶対に使わない」ということでした。

最近絵に夢中になっているタマちゃんにそれを教えたんです。そしたら、言ったことを守ってくれて。子供は絵を描くとき力を入れる子が多いのですけど、「やさしく、うすく」という僕も習った方法を教えたら、「やさしく、うすく」と復唱しながら、絵を描いていました。なんだかとても微笑ましい姿だな、と思いながら、僕に絵の基礎を教えてくれた先生のことを思い出しました。あと、絵を教わっていた頃の僕も思い返してみました。きっと、そのときはめっちゃ楽しんでた感じはなかったと思います。むしろ「つまらない」なんてわかりやすく背中に書いていたかもしれません。「(塾に)行きたくない」なんて言ったこともあったことでしょう。それでも、オカンは「辞める?」と訊いてこなかったし、僕は絵を続けさせてもらうことができました。

続けたから「むらさき」にたどり着くことができた。僕はそう思っています。オカンも絵を描くことが好きだったのもあると思いますけど、辞める方向に導くことはしなかった。今僕が大人になって、親になって想うことがあるわけです。子供に対して、職場の仲間に対して、趣味・お仕事に対して。黒を使えばそれなりに絵として見えてくるものです。けれど、むらさきを使うことで、絵画はもっと深いレイヤーを見せてくれる。たかが絵画がもっと面白くなる。たかが仕事がめちゃくちゃ面白くなる。何にも起きないと思う毎日がまったく別のものになる。それを教えてあげるタイミングと、距離感。

教育って難しいけれど面白い。向き・不向きを軸にしなければ、もっと別の見方ができると思う。昔一緒にバンドをさせていただいていた、セミプロの年配の方に、「頼むから我慢して付き合って、きっと君にとって悪い話にならないから」と言われたことも印象に残っています。他人任せみたいに子供の可能性を取り上げているけれど、「黙って俺についてこい」的な大人に僕は憧れる。今、そういう大人が少ないんじゃないか。むらさきの存在を知らないんじゃないのか。タマちゃんに色塗りのコツを教えたときに、そんなことを想いました。

今日も来てくれてありがとうございます。長くなりましたが、たまにはそんな気分の三連休最終日。教育プレイでございます。ぜひ、むらさきを毎日の中に取り入れてみてください。

16/03/21