~妖怪人間~

 

最近、土曜日の夜九時が待ち遠しい。
もはやこれは恋でございます。
ドラマ版「妖怪人間ベム」。

いろんな感情が飛び交うバックグラウンドにあるのが
妖怪と人間が「ともにいきる」っていう世界観。

これって宮崎映画でよく登場する世界観で、
ナウシカやたぬき合戦ぽんぽこ、もののけ姫なんかが象徴的ですよね。
自然と人間、富の繁栄と心の衰退のようなテーマを掲げ、
そういった両極端な視点からの「ともにいきる」世界観に
幼い頃から洗脳されていたのでしょうか。

小学生になると、障害者福祉のボランティアをしていた母親に連れられ
クリスマスに障害者の人たちと遊んでいたからでしょうか。

大人になって正社員として仕事をする傍ら、
便所スリッパを履き、公園で寝るようなアフター5を過ごしていたからでしょうか。

僕にとって「ともにいきる」という世界観は
慣れ親しんできたものでした。

けど、先日、九州電力玄海原発4号機が運転を再開させた件に驚きました。
「地元の同意は必要ない」と佐賀新聞に出ていたんです。
妖怪人間に出てくる世界観に似たものを感じたんです。

進む人と止まる人、
進む人には日々の生活があるし、未来があるわけですが、
止まる人たちだって日々の生活も未来だってあるんです。
でも止まっているんですもんね。

大きな問題です。

「ともにいきる」っていうのは大きなテーマなんです。
あのジブリ映画をもってしても強引な終わらせ方で
結局何の解決にもなっていないような終わり方でした。

大きな問題なんだけど、
何の解決にならないのだろうけど、
今日のドラマの中でもあった、「やさしくなる」ことはできるはずなんです。

相手を「思いやる気持ち」はもてるはずなんです。
解決を望むことは難しくても
思いやることは簡単なはず。

なのに、日々の通勤電車を見たって、
満員電車から降りるときに
窓際にいるので一度降りればいいのに降りない人。
「すいません降ります」も言えずに力ずくで外に出ようとする人。
優先席で妊婦さんやお年寄りを目の前にずーーと寝てる人。

僕たちに必要なのは解決や結論でなくて、
本当に「ちょっとの思いやり」だけなんです。

なぜに解決や結論ばかりを求めるのか。
メディアや僕たちにそう問いかけているような
ドラマ版妖怪人間ベム。

我が家はすっかり妖怪人間気分です。
特に僕とPちゃんが。
ドラマはやがて終わりが来ますが
おはよう学級では僕が妖怪人間となって
ずーーーと問いかけていきたいと思います。

ゆっくりでもいい、「人間になりたい」んです。
痛みのわかる人間に。

(続きます)

11/11/13