時空を超えて蘇る。
書籍や絵画だけでなく、
映像や音声がデータに変換され
解像度高く再現される。
まるでリアルタイムで
起きているかのように
身近に感じることができる。
VHSで観ていた
ニルヴァーナのライブは
遠い昔の、遠く離れた国の
出来事のように感じたけれど、
デジタルで解像度高く、
考察なんかも交えた
いろんな視点から観る
ニルヴァーナのライブは
その距離をぐっと縮めてくれます。
中年おじさんにもなると、
疎遠になった友達も多くいます。
彼らのことを思い出すのと
似たような感覚で、
ビートルズのことを
思い出したりします。
最近では、他界したあとも
まるで本人がまだ生きているかのように
ボットがツイートをし続けます。
デジタルの進化とともに
過去・現在・未来という
一本のタイムラインとしての
歴史観がなくなって、
まるで、すべてが「永遠の現在」に
統合されるような錯覚をしてしまう、
そんなことを感じさせられます。
けれど、だからこそ、
デジタルでは軽視されてしまいがちな
データとして記録されていないような
勉強、練習、足跡、想い、
そういった歴史にならないアーカイブは
とても価値のあるものなのではないか、
とオルタナティブ思考に
引き寄せられます。
人生振り返ったときに、
あの時の練習が今に活きているんだと
思えるように、昨日も
ピアノの運指の練習がんばりました。
ライブのときに、
ミスタッチしないように。
今夜は最終リハです。
今日もきてくれてありがとうございます。ライブのステージ衣装が発表されて、着物をオシャレに着させてもらえることになりました。レキシという鍵盤弾きのミュージシャンがいますが、彼の真似をしてアフロのカツラでも被ろうかしら。
26/10/27
