番組が変わる

テレビドラマが新しくなると
季節の変わり目を感じますが、
長く続いた番組が終わるときに
少しさみしい気持ちになるのは
テレビで育った昭和生まれの
中年おじさんだからでしょうか。。

前職では、子供家具・雑貨のお店を
運営していましたが、
その時に「リビングはメディア」という
ポエムのようなコンセプトをつくりました。

そこには、時代が変わっても
子供時代に過ごした環境=リビングが
子供にとってメディアである、と
変わらないことへの
願望なようなものも混ざっていたと思います。

「オールドメディア」
なんて言葉が生まれるくらい、
新しいと古いが、
けっこう大きな軸になってきた時代の中で
長く続いた番組が終了するのは、
やっぱりさみしいし、
続くことの尊さみたいなものが
あるんだろうなと感じます。

ここで、僕の好きな
音楽バンド・セバドーの
このサイトで何度も登場する
あのフレーズです。

forever is not so long.

ピー君が家から出ていく、
大人になっていく過程を
日々、間近で感じています。

彼の中のメディアは
ここでないどこか、
無限の可能性の中にあるんだと、
20歳のころの自分を思い出すと
それがわかります。

そっと見送る親のふるまいが
これほどまでに
何とも言えない感情になるんだ、と
その感情をごまかすかのように、
仕事や趣味に向き合おうとします。

けれど、新ドラマが始まる、
古い番組が終わるこのタイミングで
ごまかしようのない、
forever is not so long.
と向き合っています。

さらにさらに、お仕事でも、
長く現場を支えてくれていた人が離職し、
一瞬で散るさくらのスピードを
さらに早く感じさせてくれいています。

これまで良しとしてきたやり方を
見直すいいチャンスじゃないか!

以前の僕なら迷うことなく
そう言っていただろうけれど、
いろんなタイミングが重なって、
これまでのやり方にひきづられている、
新しいことに躊躇しているような
そんな自分がいます。

こんなときは、
あまり深く考えすぎず、
心が引き寄せられた方に身を任せ
番組が変わるのを見届けたいなと、
そんなふうに思います。

今日も来てくれてありがとうございます。こんな気持ちは春風で吹き飛ばされてしまうのでしょうけれど。花粉がスギからヒノキに変わり鼻詰まりがひどく呼吸困難なため、いつも以上にまとまりのない日記になりました。

26/03/31