死を知ること

鳥肌がたった。
30分以上続いたお経のあとの
挨拶でのお坊さんの言葉に。

高校の校長をつとめた
おじいちゃんが最後に
僕たちに教えてくれたことは
努力すること。

努力することの動機として
「志」という言葉を
用いていました。

さらに深く、
志を持つ人はどういう人かというと
「死を知る」人である。
禅の考えを引用しながら
お坊さんはそう唱えました。

ズキュン。

「欲」ではなく
「志」。

足りないものを埋めるもの。
「志」。

そしてそれは「死を知ること」から
導かれる。

おじいちゃんは僕の思考を
感じとって導いてくれているのか。

そんな教えを受けた
とても貴重な通夜となりました。

おじいちゃん、ありがとう。
頑張ります。

今日も来てくれてありがとうございます。久しぶりに親族が集まってたくさんお話ししました。おじいちゃんは、とてもやさしい顔をしていました。

17/01/04