悔しさ

ピーくんが学校から通信簿をもらってきました。これがまた、見事なまでに「×」がないんですよね。。最近の教育方針は絶対に×をつけないのかしら。
勉強のことは思い返してもあまり記憶がないけれど、恋や趣味、お仕事に関しては僕はよく×をもらいました。もらってどうだったかというと、「悔しかった」「見返してやりたかった」という想いがあったわけです。それが成長の原動力になったことは多々ありました。楽しいから頑張るとか、うまくいってるから頑張るなんてことはなくて、やりたいことに対してできていないことを頑張るんです。大好きな彼女を見返したかったし、憧れていたギターのフレーズを弾けるようになりたかったし、給料をもっと稼ぎたいと思った。それらはすべて「悔しさ」があったからだったんです。
だから、僕は大人の通信簿には×が欲しいと思うし、うまくいかなかった場所を変える前に、一度悔しさをかたまりにしたものを僕の目の前でブチかましてほしい。見返してほしい。変化を見たい。「なかったこと」になんかしたくないし、×を○にしたい。辞める、別れる、離れる、その前に、土俵際の踏ん張りに、熱くなりたいと思う中年親父です。
今日も来てくれてありがとうございます。「別に。。」みたいなポーカーフェイスでなく、屈辱プレイを楽しみましょうよ!

16/03/25