同じ一年を過ごしたんだけど、出発地点も違うければ到着地点も違います。その過程も当然違うわけで、それが「差」になるんだと、年末になるといつもそんなことを思いながら一年を振り返ります。同時に、随分と昔の話になるけど、子供が身体障害者の方を目の前にその視覚的な「差」について質問してきたことがあり、回答に戸惑ったことを思い出しました。僕だって痩せている、あの人は太っている、それと似たようにそこに大した差なんてないんだよ、と今ならきっとそういう回答をしようと昨日考えました。
同じ会社で、ひとつのプロジェクトで、それぞれの役割があって、環境や能力にも多少の差はあるんだと思う。けど、みんなが集まって話し合うことで何かが生み出されていることがほとんどで、ひとりの環境や能力で仕事が解決するなんて、一度も感じたことはありません。そこに大した差はないんだけど、規模の大きな組織になると、1000万円稼ぐ人もいれば100万円で働く人もいる。過程がそのままサラリーに反映されているかと言われれば、そうとは思わない。むしろ、環境や能力が判断基準にされがちだと思う。サラリーだけで対価をみてしまうと、大きな差にみえてしまうけれど、その差を埋める「何か」を、15年ちょっと働くとわかってくる。それは、個人的な感覚だけでなくて、時代とともに価値観は変わってきているのだと思う。
ついに、リクルートが面白いことをはじめますね。ほぼ日のことも書かれている。来年も今年以上に変化の年になると思う。その中で自分が感じる価値観を磨いていきたいし、何よりも「コツコツ」の部分は大切にしていきたいDEATH。引き算より足し算だな。まだまだ。
今日も来てくれてありがとうございます。P君は僕と違って、算数の成績がよいようです。2学期皆勤賞!がんばったね!
15/12/26